「デジタルマーケティングに必要な人間分析」の本当の意味とは?
「マーケティングのヒント」は、さまざまな専門家や記者のみなさまの見解をご紹介するコラムです。
現在のようなデジタル時代にあっては、マーケターは人間中心のマーケティングの力をより一層活用すべきだ―
そう指摘するのは、マーケティング学の権威、コトラー博士です。
なぜなら、デジタル化が進むにつれ、顧客はデジタルと対比させて人間としての自分のアイデンティティを探り、人間性について考えを巡らすようになるからです。
そうした状況にあって、人間中心のブランドはまるで顧客の友人のような存在になり、顧客にとって欠かすことのできないライフスタイルの一部になります。
したがって、人間中心のマーケティングはデジタル時代にブランドの魅力を高めるカギになるのです。
そうした人間中心のマーケティングでは、市場調査として人間分析をするために、「共感」をベースにしたリサーチを行います。
それはどのようなものでしょうか。
目次[非表示]
- 1.人間中心デザイン(HCD)の「共感的リサーチ」
- 1.1.デジタル人類学とは
- 1.2.「人間中心デザイン」とは
- 1.3.「共感的リサーチ」とは
- 1.4.共感的リサーチの事例
- 2.デザイン思考の「共感」
- 3.エクストリーム・ユーザーと「共感」の大切さ
- 4.CCCマーケティングからのお知らせ
人間中心デザイン(HCD)の「共感的リサーチ」
ここでは、デジタル人間学から人間中心デザイン、共感的リサーチについて解説します。
デジタル人類学とは
デジタル人類学とは、人類学の中の比較的新しい専門分野で、人間とデジタルとの結合に焦点を当てています。
マーケティング関連では、人間の潜在的な不安や欲求を明らかにするための強力な手法であり、市場分析にも役立つため、最近はマーケターの人気を集めています。
本稿では、デジタル人類学の手法のうち、「共感的リサーチ」にフォーカスします。
「人間中心デザイン」とは
共感的リサーチは、人間中心デザイン(以降、「HCD」)の手法です。
HCDとは、より良い世界に向けて新しい解決策を生み出すために使われるプロセス・技術で、 このプロセスが「人間中心」と言われるのは、デザイン対象者と一緒にデザインを始めるためです。
このプロセスでは、図1のように3つのレンズを活用します。
図1 HCDの3つのレンズ
出典:IDEO.org 一般社団法人デザイン思考研究所 編集 “HUMAN CENTERED DESIGN Toolkit” p.7
https://designthinking.eireneuniversity.org/swfu/d/ideo_toolkit_ja.pdf
プロセスは、対象者のニーズや夢、行動を調べることから始まります。
「人々が求めているものは何だろうか?」
これを「有用性」のレンズと呼び、デザインプロセスの間中、このレンズを通して世界を眺めます。
何が人々にとって有用であるかを特定した後は、「技術的・組織的に実現可能性なのは何だろうか?」を考えます。
これが「現実可能性」のレンズです。
次の問いは「経済的に持続可能なのは何だろうか?」です。
これが「持続可能性」のレンズです。
プロセスの後半では、「現実可能性」と「持続可能性」のレンズを慎重に利用しながら、解決を図っていきます。
その最終段階で得られる解決策は、 有用性・実現可能性・持続可能性の3つのレンズが重なる領域に位置している必要があります。
「共感的リサーチ」とは
上でみたHDCの最初のプロセスに関わるのが「共感的リサーチ」で、IDEOなどのデザイン会社によって広められてきました。
共感的リサーチは、顧客の潜在的ニーズを明らかにするために、顧客のコミュニティに潜入し、参加者に直接会って観察し、顧客の不満や意外な行動を観察します。
その際、個人インタビューは重要です。
なぜなら、個別に話すことで、人々の振る舞いや論理的思考はもちろん、時に相手の人生に対する深く豊かな展望がみえてくるからです。
そこで、可能な場合には、顧客を日常生活の中で観察できるように、その人の家か仕事場で会うこともあります。
リサーチには心理学者や人類学者、製品デザイナー、エンジニア、マーケターなど、学際的なメンバーがチームを組んで参加します。
多様な分野の専門家で構成されているため、それぞれが異なる調査結果に至ります。
そこで、リサーチャーは対話やブレインストーミング、あるいは協働を通じて、お互いの知見をすりあわせ、最もいい形で統合していきます。
こうして産み出された知見が、顧客を驚かせたり感動させたりする製品やサービスの開発、新しい顧客体験、あるいは新しいブランド・キャンペーンにつながっていくのです。
共感的リサーチの事例
アメリカの保険会社マスミューチュアルとIDEOが行った共感的リサーチによって、金融リテラシーを得たいというミレニアル世代(アメリカで2000年代に成人、あるいは社会人になった世代)の潜在欲求が明らかになりました。
そこで、マスミューチュアルとIDEOは、特にミレニアル世代を対象に金融教育を提供する会社を設立しました。
この会社はおしゃれなカフェのようにゆったりと寛げる空間で、金融リテラシーに関する講座や金融アドバイス・セッションを提供しています。
また、彼らがファイナンシャル・プランを立てるために使うスタイリッシュなデジタル・ツールも提供しています。
この会社の最終目標は、ファイナンシャル・プランニングをミレニアル世代のライフスタイルの一部にすることです。
デザイン思考の「共感」
次に、デザイン思考の「共感」についてみていきましょう。
デザイン思考とは
デザイン思考は、人々がもつ問題を解決するための考え方です。
ユーザー体験を考えるとき必要なのは、ユーザーのニーズを正しく理解することですが、デザイン思考は、最小のリソースと予算で人々の本当のニーズを見つけるのに役立つといわれています。
デザイン思考のプロセスでは、以下のような5つのステップを必要に応じて行きつ戻りつしながら進みます。
図2 デザイン思考のプロセス
出典:ジャスパー・ウ著・見崎大悟 監修(2019)『実践 スタンフォード式 デザイン思考』株式会社インプレス(電子書籍版)p.20
ただし、この図は基本的なものであって、プロジェクトによってアレンジして使います。
まず、問題定義としてトピックを決め、次に「共感」から取りかかり、前述のように行きつ戻りつしながら、テストに向かって進んでいきます
1. 共感:問題を見つけるための情報を集める
2. 定義:解くべき問題を決める
3. アイディア:ブレインストーミングを通じて解決方法を探す
4. プロトタイプ:アイディアを検証できる試作品をつくる
5. テスト:ユーザーを通じて評価する
このうち、本稿では「共感」にフォーカスします。
共感のプロセス
デザイン思考は、人々の不便さや不満を問題として、そこからアイディアを展開していきます。
その問題をみつけるためのプロセスが「共感」で、インタビューや観察を通じて、できるだけ相手の気持ちに寄り添いながら、不便さやニーズを探り、問題の核心に迫っていきます。
より具体的には、以下のような方法をとります。
1) ユーザーを観察する:ユーザーがどのような体験をしているか、アクションの前後も含めてよく観察する。
2) 自分で体験してみる:実際に一連の動作をして自分もユーザーとして体験し、問題の糸口を探す。その際、できるだけ思い込みを排除し「初心者の視点」を大切にする。
3) ユーザーに直接聞いてみる:インタビューを通じて、ユーザーが感じたことを共有させてもらう。できる限り詳しく多くの情報を集める。
できる限り多くの情報を集めるのは、それまでの思い込みや固定概念を覆すような発見をするためです。
たとえばユーザーの家庭を訪問調査する場合は、1回の訪問で200~300枚の写真を撮ることも珍しくありません。*
エクストリーム・ユーザーと「共感」の大切さ
ここからは、HCDの「共感リサーチ」とデザイン思考の「共感」に共通した要素をみていきます。
対象にはエクストリーム・ユーザー(極端なユーザー)を含める
リサーチでは、自分とは全く違う環境の人の生活や人生に触れることによって、発想を拡げることが必要です。
通常、ビジネスの世界でマーケティング・リサーチを行うときにはその市場を代表する平均的なユーザーを選びます。
しかし、HCDでもデザイン思考でも、エクストリーム・ユーザーと呼ばれる極端なユーザーを対象に含めることが大切だと考えられています。
図3 エクストリーム・ユーザー
出典:佐宗邦威(2015)『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』株式会社クロスメディア・パブリッシング(電子書籍版)No.481
エクストリーム・ユーザーというのは、その体験やサービスにおいて、極端な考えを持っている人、あるいは極端に体験している人を指します。*
エクストリーム・ユーザーはサービスや商品に対して「大好き」「大嫌い」があるユーザーでもあります。
たとえば、音楽であればDJ、あるいはその反対に音楽を全く聴かないユーザーです。
平均的なユーザーとともにエクストリーム・ユーザーを含めることによって、たとえ関係者が少人数でも、全範囲の行動や考え、様々な視点を見渡すことができます。
全ての範囲を含めることは、その後のプロセスで優れたフレームワークを構築したり、ブレインストーミングをしたりする際に有益です。
共感の大切さと難しさ
HCDでもデザイン思考でも、共感をもって対象者に寄り添いながらリサーチすることが大切です。
しかし、共感は難しいこと。
HCDの世界的な研究者であるドナルド・ノーマン氏は「本当の意味で他人に共感することはできない」と断言しているほどです。
では、そもそも「共感」とは何でしょうか。
日本語の「共感」に当たる英語には、“Empathy”と“Sympathy”があります。
HCDとデザイン思考で「共感」と訳されているのは“Empathy”の方です。
では、“Empathy”と“Sympathy”の違いはなんでしょうか。
相手への接し方が難しいときの方法に「ゴールデン・ルール」というものがあります。
それは、「相手にどう接したらいいかわからないとき、自分ならどうしてほしいのかを想像し、それに従う」ことです。
このルールの根底にあるのは、「すべての人は基本的に同じである。だから他の人々は私が求めているのと同じような扱いを求めているはずである」という考え方です。
これが“Sympathy”です。
一方、“Empathy”は、「相手と自分は個別の人間なので、相手の経験を完全に理解することはできない」という考えが根本にあります。
その上で、「仮に自分が相手だったとしたら、このような気持ちなのだろうか。このような経験なのだろうか」と考え、相手の枠組みに沿って、相手を理解しようと努めるのです。
このような“Empathy”はゴールデン・ルールに対して、プラチナ・ルールと呼ばれます。
ただし、“Empathy”の目的は「完全な理解」ではありません。
相手と自分が別個の人間である以上、相手を100%理解することは難しいでしょう。
「相手は必ず理解できる」と考えることは、自分の枠組み、自分がもっている類型に相手を当てはめてしまうおそれがあり、むしろ危険です。
相手を理解しようと努めつつ、その限界をわきまえることも大切な態度だといえるでしょう。
コトラー博士は、人間中心のマーケティングにおけるマーケターの態度について次のように述べています。
マーケターは、顧客を「マインドとハートとスピリットを持つ全人的存在」として捉え、アプローチすべきだ。そして、顧客の機能的なニーズと感情的ニーズを満たすだけでなく、潜在的な不安や欲求にも対処すべきだ、と。
顧客への「共感」はそのために欠かせない要素なのです。
横内 美保子
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
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